ノーカントリー
- 監督:デジョエル・コーエン/イーサン・コーエン
- 公開年:2007年
- 製作国:アメリカ
- 上映時間:122分
1980年の米テキサスを舞台に、麻薬密売人の銃撃戦があった場所に残されていた大金を盗んだベトナム帰還兵(ブローリン)と殺し屋(バルデム)の追跡劇、そして2人を追う老保安官(ジョーンズ)の複雑な心情が描かれる。
見どころ
もし、荒野で偶然「200万ドル」の入ったトランクを見つけたら、あなたはどうするだろうか? 出来心でその大金を持ち去ってしまった男。しかし、彼を追ってきたのは、警察でもマフィアでもなく、決して出会ってはいけない「最凶の殺し屋」だった。
2007年に公開され、アカデミー賞作品賞など4部門を独占したコーエン兄弟の傑作『ノーカントリー』。 本作は、派手なカーチェイスや爆発で誤魔化すような、ありふれたハリウッドのアクション映画ではない。観る者の喉元に冷たい刃物を突きつけ、最後まで心臓を鷲掴みにして離さない「究極のサスペンス」だ。 なぜ私たちは、この絶望的な逃走劇から目を逸らすことができないのか。その恐ろしくも美しい魅力に迫りたい。
映画史にトラウマを刻んだ最凶の殺し屋、アントン・シガー
本作を不朽の名作たらしめている最大の理由。それは、ハビエル・バルデム演じる殺し屋「アントン・シガー」の存在だ。
おかっぱ頭に、無表情。手には謎の武器(家畜を屠殺するための空気銃)。 彼は「人間のルール」や「感情」が一切通用しない、まるで歩く災害、あるいは死神のような存在だ。命乞いをしても、お金を積んでも無駄。「コイントス」の裏表だけで他人の生死を冷酷に決めていく彼の姿は、映画史上最も恐ろしく、そして皮肉なことに最も目が離せない魅力に満ちている。
彼が画面にふらりと現れるだけで、「あ、もうダメだ」「逃げられない」という圧倒的な絶望感がスクリーンから溢れ出し、観客はただ息を潜めて惨劇を見守ることしかできなくなるのだ。
音楽が「ない」からこそ極まる、心臓破りの緊張感
この映画を観ていて、異常なまでの息苦しさを感じる理由がもう一つある。それは、劇中に「BGM」がほとんど使われていないことだ。
普通のスリラー映画なら、不気味な音楽で観客の不安を煽るところだ。しかし本作では、乾いた風の音、床が軋む音、遠くの犬の吠え声、そして「カサッ」という僅かな衣擦れの音だけが、無慈悲に響き渡る。 特に中盤、モーテルでの息詰まる攻防戦は映画史に残る名シーンだ。ドアの向こう側に「ヤツ」がいる。廊下の電気が消え、足音が近づいてくる。音楽がないからこそ、自分自身の心臓の音まで聞こえてきそうなほどの極限の緊張感が生まれ、私たちは主人公と一緒に「絶対に音を立ててはいけない恐怖」を味わうことになるのだ。
スッキリした結末を裏切る、「時代遅れの男たち」の哀愁
タイトルの『ノーカントリー(原題:No Country for Old Men=老人たちのいる場所はない)』が示す通り、本作のもう一人の主人公は、この血で血を洗う事件を追うベテラン保安官のベル(トミー・リー・ジョーンズ)だ。
彼は、昔ながらの「善悪のルール」が通用していた時代を知っている。しかし、シガーのような「理由なき純粋な暴力」を前にして、自分の理解が及ばない世界になってしまったことに深い徒労感と哀愁を抱くのだ。 ハリウッド映画らしい、正義が悪を倒すスッキリとした大団円を期待すると、本作の冷酷で唐突な結末に突き放されたような感覚に陥るかもしれない。しかし、この「どうにもならない無力感」と「理不尽さ」こそが、私たちが生きる現実世界のリアルな手触りであり、この映画がいつまでも心に深く突き刺さって抜けない最大の理由なのだ。
結び
『ノーカントリー』は、観終わった後にどっと疲労感が押し寄せる映画だ。しかし、それは極上のエンターテインメントを全身で浴びた証拠でもある。
絶対的な理不尽が、音もなく後ろから迫ってくる恐怖。 まだこの傑作を未体験の人は、ぜひ部屋を暗くして、シガーのコイントスに挑んでみてほしい。きっと、映画が終わった後も、ドアの向こうの足音が気になって眠れなくなるはずだ。
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