『12人の優しい日本人』 「空気を読む」国民性が生んだ、密室コメディの最高峰

映画レビュー

12人の優しい日本人

★★★★★★★★★★4.6
  • 監督:中原俊
  • 公開年:1991年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:116分

ある殺人事件の審議のために12人の陪審員が集められた。被告が若くて美人であることから、陪審員全員が無罪の決を出し、審議は早々に終了するかに見えた。しかし、陪審員2号が無罪の根拠を一人一人に問いただし始めたところから、審議の様相が混迷を呈していく。彼らは果たして「真実」に辿り着けるのだろうか…。

見どころ

1991年に公開された『12人の優しい日本人』(三谷幸喜脚本)は、映画史に残る名作『十二人の怒れる男』を見事に日本風にアレンジした傑作コメディだ。 派手なカーチェイスも、爆発も、最新のCGも一切ない。「会議室で12人が話し合っているだけ」なのに、なぜ私たちはこれほどまでにスクリーンから目が離せなくなり、最後には胸が熱くなってしまうのか。

今回は、何度観ても色褪せない本作の魅力と、その根底にある「日本人特有のおかしみ」について語り尽くしたい。

名作を「真逆」から描く天才的なアイデア

本家『十二人の怒れる男』は、11人が「有罪」を主張する中、たった1人が「無罪」を主張して議論が白熱していく物語だ。しかし、本作はそのスタートからして完璧に日本的である。

集まった12人の日本人は、事件の真相よりも「とにかく早く会議を終わらせて帰りたい」と思っている。だから全員一致でサクッと「無罪」にして終わらせようとするのだ。 しかし、その空気を読めない(あえて読まない)人物が一人だけ、「話し合いもせずに決めるのは良くない。私は『有罪』だと思います」と手を挙げる。ここから、早く帰りたい11人と、議論を深めたい1人の、果てしなく滑稽なバトルが幕を開ける。この「真逆のスタート」を思いついた時点で、この映画はすでに大成功を約束されていたと言ってもいい。

痛いほどわかる!「空気を読む」ことのサスペンス

本作の最大の面白さは、事件の謎解きそのものよりも、12人の「意見がコロコロと変わっていく過程」にある。

確固たる信念を持って意見を変えるのではなく、「周りがそう言うなら…」「あの人が怒っているから…」と、その場の空気に流されて多数派に寝返っていく様子は、日本の会社や学校の会議で誰もが一度は経験したことのある「あるある」の連続だ。 他人に優しく、波風を立てることを嫌う「優しい日本人」たちが、顔色をうかがい合いながら議論を迷走させていく。この「空気を読む」という独特の国民性を、ここまで見事なエンターテインメントに昇華させた手腕にはただただ圧倒される。

映像がないからこそ広がる「無限の想像力」

本作は最初から最後まで、ただ一つの会議室の中で物語が進行する「密室劇」だ。事件現場の映像も、再現ドラマも一切挿入されない。

しかし、個性豊かな12人の陪審員たちが身振り手振りで事件の状況を語り合い、時に言い争うのを見ているうちに、観客の頭の中には「事件が起きた夜の情景」がありありと浮かび上がってくる。映像を見せられないからこそ、観客の想像力が極限まで刺激されるのだ。 役者たちの絶妙な掛け合いと間合いだけで、これほどまでに豊かでサスペンスフルな世界を描き出せるのは、まさに映画の魔法そのものである。

結び

『12人の優しい日本人』は、映画の面白さが「莫大な予算」や「ド派手な映像技術」で決まるわけではないことを、完璧に証明して見せた作品だ。

「優れた脚本」と「実力のある役者」さえいれば、ただの会議室すらも最高のエンターテインメント空間に変わる。 会議や話し合いに疲れた時、あるいは「最近の映画はCGばかりで疲れるな」と感じた時、ぜひこの会議室のドアを開けてみてほしい。人間の滑稽さと愛らしさが詰まった12人の議論が、きっとあなたの心を温かく(そして笑いで)満たしてくれるはずだ。

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